Marumaru's TinyPlaza
(2025.04.01)(book)千年のフーダニット
『千年のフーダニット』/麻根重次
シェルターの中、7人が1000年のコールドスリープを行い、目覚めたときにはその中の一人が遺体となっていた——そんな出だしで始まるミステリ小説。こういう設定の作品、私は大好きです。
1000年という長い眠りのあと、外の世界はどうなっているのか?という緊張感。そして外の探索、そこから明かされていく真実。物語の軸には「進化論」と「遺伝子」が据えられていて、「人間の役割は遺伝子を次世代へつなぐことだ」という考えが一つのテーマになっています。悠久の時間と、コールドスリープから目覚めた人間という設定が、“時間を越えて遺伝子を紡ぐ”というテーマと相性が良かった。
個人的な覚書ですが、土橋真二郎の『扉の外』や、貴志祐介の『クリムゾンの迷宮』を思い出しました。ただ、中盤のシェルター外での探索がかなり長いわりに、描写も内容もやや物足りなかった印象。物語の核心に近づかないままページ数が減っていく事に一抹の不安も覚えました。
とはいえ、後半の展開には納得の面白さがありました。中盤の冗長さも、終盤の展開を踏まえるとアリだったのかも、と思えます。
進化と遺伝子を巡る物語の中で、人間の意志や執念のようなものが浮かび上がってきます。そして、そうした展開だとやはり強さを見せるのは女性だなと。肝が据わっていて、割り切りのよさがある。森博嗣の『すべてがFになる』を思い出しましたが、登場人物に女性がいて時間の経過があれば当然想像できる展開でもあるので、あとはそれをどう料理してくれるかがポイントなのかな、と。
最後の最後、少し後味の悪さを残しつつ、それを希望のある展開へと強引に(?)持っていっている感じもありました。でも、ちゃんと伏線も張られていたし、読後感として爽やかな方が好みなので、個人的には良かった。ただ、そうなると中盤の展開がより微妙にも見えてしまうのですが、その辺は好みの問題でしょうか。
千年後に色々なものが普通に使えているのは突っ込んじゃダメなんだろうけど、それよりも会話の後に詳細を説明する書き方がちょっと読みにくかったかも。普通に面白かった。
そして最後に、名前の仕掛けには完全にやられました。思い込みって本当に怖い。このネタはとても上手だったなと感じます。全編を読み返せば、もしかしたらヒントがあったのかも。と言うか、章の構成がヒントだったんだろうと思う。
(2025.04.02)(book)卯月の雪のレター・レター
『卯月の雪のレター・レター』/相沢沙呼
『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の作者の短編集。mediumより6年ぐらい前の作品のようです。
ですが、読んでいてすぐに相沢沙呼が書いたという雰囲気を感じました。mediumでも感じたのですが、この作者の描く文章は絵で言うと主線を感じます。同時に色のついた硝子のような透明感のある色彩を見せてくれます。
描かれている内容は、二人の女性の関係やとりまく環境を描いた短編です。様々な年齢、様々な境遇の中で生きている女性に視点を当てた物語。もしかすると百合なのかもしれませんが、愛情とも友情とも違う、日常系でもない、ゆるふわでもない。世界の中、たまたま歩む運命が交差した二人の物語を舞い散る桜のような儚さで描いています。
そして、最後の一文が心地良い読後感を与えてくれました。最後の一文って本当に大切ですよね。
この本、表紙の装丁がとても素敵で、淡い桜色をバックに顔がはっきりと見えない女性たちが手を繋いで輪になっています。まさにこの本を象徴するような表紙でした。
何より感動したのが、本を読んでいる途中、本の間からはらりと零れた桜色の栞を見つけた時。この栞が、本当にこの物語を象徴する一葉に思えました。
作者のWikipediaを眺めていた時に偶然目に留まった本でしたが、とても素敵な出会いでした。
(2025.04.09)(movie)天使にラブソングを
『天使にラブソングを』
今更言うまでもない有名な映画。前から気になっていたのでPrimeVideoで観ました。多分、『きみの色』の影響が強いと思う。
黒人のシスターがゴスペルを歌うって部分だけは知っていたんですが、経緯を知って納得しました。歌手をしているヒロイン(デロリス)が愛人の殺人を目撃してしまい、追跡から逃れる為に修道院に身を隠し、その過程でシスターとして振る舞う。って話だったんですね。
とにかく、これぞエンタメ映画!という内容でした。明るく奔放な性格のデロリスが修道院の堅苦しい雰囲気を壊していく様は爽快ですし、その一端として行う聖歌隊の指導が本当に痛快。聖歌隊の成長物語ではなく、過程を省いた結果をどんどん見せてくれるのがテンポ良いです。
そして、デロリスの考え方・教え方が好き。多くの人に聞いてもらう為に、聖歌にロック等の要素を取り入れ、その上で聖歌でうたわれている内容を伝える。聖歌隊の指導も、褒めながらそれぞれの特徴を活かした場所に配置して上達を実感させる。それらの事をみんなで楽しみながらやっているのがまさにリーダーとしての振る舞いでした。
シスター達がみんな活き活きと唄って活動をしている様子が観ていて気持ちいいんです。そんな中でも、シスター・メアリー・ロバートがとても可愛い。
最後に、上映時間が90分(と少し)なのが良い。
(2025.04.11)(book)一次元の挿し木
『一次元の挿し木』/松下龍之介
第23回『このミステリーがすごい!』大賞文庫グランプリ受賞作。書評で知って読みました。
いやー、面白かった!
あらすじを読んだだけで引き込まれ、文章も読みやすく、物語の仕舞い方もとても綺麗。有名賞の受賞作は伊達じゃないと思わせてくれました。解説を読むと、自分が魅かれたこの3点は全て解説にて書かれていました。やっぱりみんなそう思うよね、と。
『ヒマラヤ山中で発掘された二百年前の人骨。大学院で遺伝人類学を学ぶ悠がDNA鑑定にかけると、四年前に失踪した妹のものと一致した。』このあらすじのワクワク感たるや。内容が気になって思わず本を手に取らせる魅力があります。作者は意図的にあらすじだけで読者の興味を惹く物語を構築したという事なのですが、まさに作者の狙い通り読む前から術中に嵌ってしまいました。読んでいる時も、徐々に明かされる事実がどう物語を動かしていくのかが気になりながらページをめくっていました。
文章が本当に読みやすいんです。私の拙い語彙で説明するのなら、理系の文章?伝えたい事がすっと頭に入ってくる簡潔で明瞭な文章でした。細かく章が分かれており、それぞれ異なる時間と登場人物の視点で語られるのですが、どの時代の誰の視点かが明記されており分かりやすい。ミステリでよくある、敢えて時間と発言者をぼかすような事はやってないです。
そして登場人物が比較的少ないのが好き。クローズドサークルものだと特に登場人物が多かったりしますが、個人的には必要最小限の登場人物での練りに練られたストーリーと伏線回収が好きです。この作品では、大きく広げた風呂敷を最後に綺麗に畳み切ってくれたのがとても気持ち良かった。
物語ですが、幼少期に出会った一人の少女によって人生を変えられてしまった男の情熱と執念の物語といった感じ。良いね、好きなやつです。そこに入ってくる遺伝子とDNA二重螺旋の肉付け。読みながら何となくキーになる要素は分かるんですが、それらの要素をどのように使って物語を進めていくのか、読みながら期待に胸が膨らみます。
強いて言えば、最後の展開が少しご都合主義な感じもありましたが(薬、ラストバトル、ヒロインの脱出劇、等)、それでも張り巡らせた伏線を回収しながら綺麗に物語を結んでくれる事の方が余程大事です。
最後に、ミステリでよく使われるテーマではありますが、新興宗教とその教祖の存在と言うのは蠱惑的かつミステリアスで、一種のファンタジーとして魅かれるものがあります。
p.s.私信ですが、読みやすく明瞭な文章、そして物語の作り方に森博嗣さん味を感じました。それは物語の色付けや方向性的な部分ではなく、賢い人が物語を魅力的に伝える為に書いた、という部分で森博嗣さんに近い何かを感じたのです。