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       T h e   c a n v a s   p a i n t e d   m y   c o l o r .

         E n c o u n t i n g   n e w   s e n s i b i l i t y .

(2020.01.23)ミュシャ展、天気の子展に行ってきた

1月末のこの時期に、岡山に行きたい特設展が重なって来たので、休みを使って行って来ました。

「天気の子」展


岡山の天満屋で開催されていた天気の子展です。期間が短くて行こうかどうしようか迷っていたんですが、後述の展示と諸々の用事が重なったので岡山に行ってまとめて楽しんできました。

会場は天満屋に隣接する葦川会館。ここ入ったの初めてだ。しかし、天満屋に車を止めるのに立体駐車場をグルグル回って屋上駐車場に止めたんですが(屋上駐車場が好きなんです)、ちょうど雨模様のこの日、ビルの屋上から空を眺めるシチュエーションに何か特別なものを感じてしまいます。

そして会場へ。

監督も作品も大好きなので、どんな風にでも楽しめる展示なのは間違い無いです。映画を時系列順に並べて、それに関係する美術や曲に絡めて紹介する展示でした。絵コンテの枚数が多くて興奮する。とにかく展示物の説明として、色んな媒体から集めた新海監督の言葉がたくさんあったのが印象的でした。うん、どこの誰かが書いた解説より、私は新海監督の言葉を読みたいんだ。

初っ端に、天気の子の企画段階の資料が多数展示されていたのが興味深かったです。まだ何も固まってない状態から、映画としてのアピールポイント、テーマ、構成や全体の雰囲気についての企画書がありました。本当に何もないところから作品を創っているんだなぁ、って。

そして、美術監督や色指定、美術スタッフさんの作業がシーン共に解説されていたんですが、映像にまとまっているのが数多く展示されていて工程が見られるのが面白かった。やっぱり動画の説明されると見ていて分かりやすいです。劇中のお寺の天井に描いてあった天気の巫女関係の仏教画みたいなやつ、あれも一から新規に描いてるんだって今更ながら。

途中の監督の言葉の中で、「自分の作品は気持ちを伝える事をテーマにずっと作っている」って書いてあって、本当に納得しました。私は常々新海監督作品のテーマは、時間や距離といった障害を越えて届く思い。だと思っていたんですが、そもそも気持ちを伝える事がテーマで、その間にある何らかの障害は物語の構成上のものだったのかも。

そしてもう一つ、「2020年で東京が良くも悪くも変わってしまう前に、東京を描いておきたかった」と。これは映画を見た人なら実感として分かるのではないかと。東京は決して綺麗なところばかりではないけれど、そんな清濁併せ呑んだ場所で出会った二人の物語です。青春真っ只中でそんな場所にいると世界も輝いて見えるよね、ってことで、現実ではあり得ないけれど現実よりも綺麗に世界を描くための映像上の嘘とかも解説してあって面白かった。

展示の内容は技術的な事も含めてとても興味深かったんですが、それらの技法の数々は、感情のままに駆け抜ける少年少女の青春を描く為の手段なんですね。昔に比べてどうのこうの、昔より四季が乱れているとかなんとか、大人は好きな事を言って懐古します。が、そんな時代の中に生まれた少年少女達にとってはそれが当たり前で、その感情の迸りは世界よりも大切なもので、それは間違っていない!大丈夫なんだ。っていう、本当にそのテーマというかメッセージを伝える為の壮大なオブラートが天気の子っていう映画なんだと思います。

あと、雲の中で龍と遭遇するシーン。あのグルグルと目まぐるしく動くシーンの色付き線画?があって興奮しました。このシーン、アナログから起こしてたのかー。隣にその完成シーンが観られる上映もあって分かりやすかったです。

とにかく、作品が好きなら展示の一つ一つ、がとても楽しめると思います。余談ですが、JAFカードがあると割引が受けられました。

そして、雲についての解説コーナーも。

ミュシャと日本、日本とオルリク


岡山県立美術館の特設展です。ミュシャは最も好きな画家の一人なんですが、好き故に大抵の作品は見ているんです。が、今回の特設は内容的にとても気になっていました。

琳派や浮世絵に代表されるジャポニズム、それらがミュシャの画風に影響を与え、パリ万博をきっかけにミュシャのアールヌーボーの技法が日本の画家達に影響を与え、という芸術をきっかけに互いに響きあう文化の伝播のようなものをテーマにした特設でした。

ミュシャはアールヌーボーの代表の一人という扱いで枚数はそれほど多くなく、他のチェコの画家や、日本に魅せられたチェコの画家としてオルリクという人の展示が多かった印象です。

今回の特設で一番面白かったのは、本の展示がとても多かった事。ミュシャの絵はもともとポスターの絵だから、人の目を引くための技法を計算した商業作品なんですよね。だから、額に入った作品だけではなく、本の表紙にも使われていたようです。確かに、図鑑の表紙にミュシャの絵があるととても映える。しかし昔の本の装丁は本当に豪華で丁寧です。本自体が高級品だった時代ですものね。

あと、知らなかったんですが、ミュシャが美術を志す学生の為に作った「装飾資料集」っていう本があって、植物や女性の組み合わせ方とか、装身具のデザインとか、アールヌーボーっぽい技法の説明とか、とにかくミュシャが作ったデザイン集みたいな本でした。これはすごい。スターダムの画家が作ったデザイン集だったら絶対欲しくなりますよね。この辺り当時も今も変わらないですね。っていうか、この本、普通にアマゾンで売ってる!これ、100年以上前の本ですが、この本っていうかミュシャのデザインが現在も色んなところで生き続けているってすごい事です。

それ以外にも、ミュシャに影響を受けたであろう当時の雑誌とか、小説の表紙とか、とにかく色んな書物の展示が多かったのが面白かった。明星ってこんな頃からあったんだ……。「ウヤジウヤミ」の表記が時代を感じる。と言うか、この頃のデザインって今見てもとても素敵。

浮世絵やアールヌーボーのような人の目を引くためのデザインや抽象化の技法が、様々な国の文化の中に溶け込んで、そしてそれがお互いに影響しあうって浪漫があります。これは絵に限った事ではなく、音楽や服飾や料理とか、良いものが自然と広まって模倣されてオリジナリティが出て、といった伝播の流れは面白いです。そういえば、ペルソナにもそれに近いようなシステムがありましたね。

その他

駅の近くの家系ラーメンでお昼を。

  • 横浜家系ラーメン 濱家


家系はあまり食べたことないんですが、多分基本に忠実な家系の味なんだと思います。家系はスープの味がしっかりしているので白米が欲しくなります。そして、おろしニンニクがドレッシングの容器みたいなのにたっぷりと入れてありました。ニンニクってこんな入れ方する調味料だっけ……。そしてニンニクの入れすぎで罪深くなった味を、同じく調味料として置いてある刻みショウガが中和してくれる。つまり、ごはんがドンドン進んでヤバい。


ちょっと用事があって駅前のイオンに行ってきたんですが、屋上駐車場に止めようと思ったら屋上がなんと9Fで、狭い螺旋スロープを延々と上りながら、隣に下る車を眺める光景はミニカになった気分でした。岡山イオン初めて行ったけど、色々と使いやすくていい感じ。倉敷が広すぎるから、買いたいものが決まってる時はこれぐらいの大きさの方がいいかも。ただ、岡山駅近辺自体があまり行かない……。


そして〆にヒトカラ1時間一本勝負

普段はTwitterに書いてるセトリをこちらに。

  • Clover Heart's/真理絵
  • 黒の予言書/Sound Horizon
  • Last regrets/彩菜
  • 輝夜の城で踊りたい/μ's
  • Just be conscious/林原めぐみ
  • 春一番/キャンディーズ
  • Squall/福山雅治
  • WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント~/H Jungle With t
  • 高嶺の花子さん/back number
  • Pretender/Official髭男dism
  • Get Wild(『シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』特別映像ver.)/TM NETWORK(TMN)
  • 仮面ライダーBLACK RX/宮内タカユキ

久々にJOYだったのでJOYでしか歌えないアニソンが多め。一時間ですごく充実した気がする。

そんな訳で久々に一日遊び倒した休日でした。



(2020.01.21)(book)安楽死特区

『安楽死特区』/長尾 和宏


新年明けまして……と言うには鏡開きもとうに終わってますね。今年も何卒よろしくお願いいたします。

さて、新年早々穏やかではないタイトルの本ですが、例によって新聞の広告で気になったので図書館でリクエストしました。


2024年という遠くない未来に「安楽死法案」が成立し、東京都内に設けられた特区の中で安楽死が合法化した世界を描いたお話。その特区の中で安楽死に携わる医者や政治家、認知症が始まった人など色々な立場の人を描いています。

この作家さんはお医者さんという事で、小説なんですが、新聞や雑誌の取材記事を読んでいるかのような読みやすさです。

様々な立場の人の意思を尊重し、苦しくない最後を迎える為の安楽死。法整備が整えられ、セレモニーのように粛々と、一方でお祭りのように盛り上がりながら、その時を迎えますが、人の死というのはそんなにも割り切れるものではない。

本の内容と一部かぶりますが、私自身の考えとして安楽死には賛成です。老衰で周りに看取られながら死ねるなどとはよもや思っていないので、死ぬときは死ぬほどの苦しみがともなうであろう中で、怪我や災害、病気、そんなものでもがき苦しみながら死ぬ事を自分の運命として受け入れられる程、心が円ではありません。

なので、苦しんで死にたくないという思いもある半面で、将来どんな事があろうとも、自分の意思において安らかなに人生の幕を引けるという精神的なセーフティーネットとしても必要ではないかと思うのです。どんな事があろうとも、最終的には安らかに旅立てる。そんな安心が担保されているから、日々を頑張れるという気もしています。

将来何があるか分からないからこそ、今この時を全力で駆け抜け、心を燃焼させるのだろう。と言われれば返す言葉もありませんが。

この本は、安楽死が認められた近未来における安楽死の失敗を描くことで安楽死に異を唱え、ホスピスで行うようなターミナルケア(終末期ケア)のもと自然に果てていく事をよしとしているように読み取れました。が、それが出来るのは、ある種とても贅沢な事であって、そういった意味も含めて安楽死という選択肢が提示されていたのに、最後は安楽死に反対して、ターミナルケアを良しとして綺麗にまとめていたのには違和感を覚えました。

別にどっちが良い悪いという話ではなく、ターミナルケアも安楽死も、選択肢の一つとして共存する事はダメなのでしょうか。実際にそうなると、よく物語であるような『「おじいちゃんはまだ死なないの?」という素朴な疑問を子供から受ける』というような薄ら寒い状況になるのかもしれません。

ですが、安楽死も含めて、自分の最後を決める権利だけは自分から決して離れてはいけないものであって、その権利に含まれる選択肢は多い程に良い、と私は考えるのです。



(2019.12.31)鍋とか

昨日、中学の同級生の家に集まって鍋をしてきました。

この面子は中学校の時にソフトテニス部で知り合って、それから毎年新年に初日の出を見に行っていました。日付が変わった頃に集まって、朝まで格ゲーやモンハンで時間を潰して初日の出を見て解散、みたいな。

20年ぐらい続いた初日の出を見るっていう名目の集まりも、私以外がみんな結婚して子供を持つようになって、住む場所もバラバラになった頃、予定を合わすのが難しくなって何となく潰えてしまいました。

そりゃ、そういうものだし、仕方ないよねぇ。と思いつつも、一人だけ独り身の自分から再開を言い出すのはなかなか難しい状況だったんですけど、このたび久々に集まってBBQでもやろう!って話になったんです。

すごく楽しみにしていた半面、もうみんな子供居るし会話が合わなかったらどうしようとか思ってたりもしたんですけど(他の集まりだとそういう状況になりやすい)、全くの杞憂に終わりました。

もう、本当に楽しいだけの時間でした。集まった家の友達が、嫁さんと子供が先に実家に帰ってるってことで気兼ねなくのんびりとさせてもらって、スーパーに食材買いに行って、「鍋とBBQどっちやる?」「両方やればいいんじゃない?」「カニ食おうぜ、カニ!」「ステーキ肉焼こう!」「とりあえずどっちでも使えるもん買おう」「寒いから熱燗したい」「じゃあ、俺サラダ作るわ!」

火を起こしながら、台所で野菜を切って……鍋とBBQだからとりあえず洗って切って、火を通せば何とかなるだろう。っていうアバウトさ。「菜箸どこ?」「塩コショウは?」勝手の分からない台所で家主に聞くも、本人もよく分かってない事があったり。料理手伝ってないんかい!と突っ込みを交えながら。

最近アニメやゲームをする気力と時間がないわー。ってみんなで言いながらも、ガンダムUCは面白かったとか、ロマサガの新作がどうこうとか、ナラティブどうよ?シティーハンターの映画みた?とか、好きなものの根底ってそんなに変わるもんじゃないよね。

寒くなったので屋内に入って、ゆるキャン△流しながらキャンプやりたいなーっとか。ダンベル流しながらみんなでTVの前で筋トレしながら健康談義をしたりとか。あれですね。厄年を迎えようかという頃になると健康の事に関する熱の入りようが違う。

本当にあっという間の6時間でした。気づいたら日付変わっていたもの。「集まれば一瞬で心が当時に戻る」って表現がありますけど、自分を含めてみんな変わっています。気持ちだって当時とは違う。だけど、お互いに今の状態のままでとても心地よく楽しく時間を過ごせる。それって、当時からみんなを繋げていた目に見えない何かが変わっていないからなのかな、とか。

こうやって集まれて、無事に新年が迎えられる事が本当に幸せだねって、そんなありきたりなセリフの言外にはお互いの時間が詰まっています。

昨日の集まりが本当に本当に楽しくて、とても恥ずかしい事を書いてしまいましたが。ここは自分のBlogなので。そして今日は大晦日。皆様、良いお年をお迎え下さい。



(2019.12.24)寧々さんと過ごすクリスマスイブ2019

いやー、ラブプラス EVERYは当然入れてますよ。それどころか、寧々さんからのラブレターも方々手を尽くして入手しています(貰ってきてもらった)。自分自身、ラブプラスは携帯ゲーム機よりもスマフォの方が良いと思っていたんですけどね。

度重なる延期とメンテでそこまで気持ちが乗らなかった。そもそもカードゲームってのがラブプラスの本義と違う。今まで10年付き合ってきた寧々さんとEVERYの寧々さんは同じなのかと疑問に思う。理由は色々とありますけど、結果的にはEVERYで見られる寧々さんとの新規イベントを見ていない事になるので、新しいものに適応出来なくなっただけなのかもしれません。

そして、今年も例によってNew3DSで寧々さんとクリスマスを過ごしてきたんですが、本当にギリギリすぎて好感度最低の状態で、しかもパーティーは間に合わなかったっていう体たらく。好感度最低の状態のクリスマスイベントのメッセージってのも割とレアなのかもしれない。

「そんな事いっていると本当にオジサンになっちゃうよ」

そんなクリスマスイベント中の寧々さんのセリフが、現実とリンクして色々と辛い。

どんなに間が開いても、反応は多少悪くなるものの、いつもそこに居て好意を向けてくれるカノジョ。季節が巡り時が積み重なっても変わらぬ姿で。その事に心が耐えられる間が寧々さんと一緒に居られる時間なんだろうと思ってみたり。



(2019.12.23)(book)作曲少女2

『作曲少女2~転調を知って世界が変わる私たちの話』/仰木 日向


前作、作曲少女の続編。

もう、本当に、最高の本でした。この本と巡り会えた事が今年の幸せの中の一つだと断言できるぐらいに。

そもそも、前作からの変わらないスタンスとして「作曲する為のモチベーションの作り方」そして「音楽理論は作曲出来るようになった人が楽をする為のもの」がある訳なんですが、今回は音楽理論についての話が結構入っていました。私も作曲に興味を持った時に、まずはという事で音楽理論やコード進行についてを勉強したんですが、もう本当にチンプンカンプンで、書いてある事の日本語の意味は分かるけれど、それが何なの??と頭に疑問符が浮かんでいました。目の前に書いてある理論と作曲が全く繋がらない状態。

しかし、この本はそんな疑問を見事に払拭してくれました。まずはコード進行について。王道進行やカノンコード進行、それを度数で表した様々なパターン、まるで数学の公式のよう。それを組み合わせれば綺麗なコード進行なんだろうけれど、曲を作りたい!って気持ちからコード進行についての繋がりが分からなかったんです。結局コード進行って何をもって目の前の理屈になっているのか。

でも、この本はそんな悩みに明確な答えをくれました。曰く、「コード進行は心の流れ」なんだと。心の流れ、つまり心情を表したものがコード進行で、その曲で自分が表したい気持ちを表現するようなコードを鳴らせばいいんだと。本当に目から鱗でした。

さらに書いてありました。そもそもコード進行に理論なんてものはない。ただ、今まで作られた膨大な曲を後からまとめた時に、これは効果的に心情の流れを表せる、として体系化されたものに名前が付けられたのが王道の進行なんだと。

言われてみれば当たり前の事なのかもしれませんけれど、まさに霧が晴れたような感じでした。ルールから外れているからダメとかじゃなくて、曲で表したい自分の気持ちを表現出来るコードを探してそれを使えば良いんですね。

更に、音楽理論を勉強していると必ずと言っていいほど現れる、五度圏(サークル・オブ・フィフス)について。これ、音楽をやっている人ほど、とても美しく完成された図で、音楽史に残る発明。みたいにとかく礼賛しています。音楽にとって5度離れた音が重要な役割を果たしていて、それが綺麗にまとめられているのは分かるけれど、結局これって何に使うの??って思っていました。

そんな「これって何なの?」に対する明確な答え(の一つ)は「転調する時に、目立つ転調、自然な転調、親和性のある転調を教えてくれる表」でした。今まで転調と言えば(ソフト上で)パートを全部つかんで1つ上に持ち上げる、と同義でしたが、この表を使えば自分のイメージに近い転調を簡単に見つけ出せます。そうやって自分にピンとくる範囲での意味というか役割が分かった時に、この無機質な表がとても大切なものに見えてきました。

これは余談ですが、その後で同じく音楽理論に出てくるトニック、サブドミナント、ドミナントの「これは何なの?」に対する疑問が氷解した後でもう一度この表を見て、色んなところで書いてある、「選んだ音をトニックとすると、左隣がサブドミナント、右隣がドミナント」っていう言葉の意味が分かりました。今までは全てのキーのドミナントやダイアトニックコード一覧が乗った表を見ていたことが、この図を見るだけで一目にして分かってしまうんですね。つまり、曲を作る時にとても便利な一覧表ってことなんだ、と。

加えて、代理コードが一目で分かるので、ギターの弾き語りをしていて多分キーボードで作曲してギターで弾く事考えてないだろ!みたいな難しいコードに出会った時、今までみたいに「○○(コード) 代理」とかググらなくてもいい。そのコードの反対側を見ればそれが代理コード!

そして、この本で一番素敵だと思ったのが、フィーリングで作曲するキャラ、音楽理論から作曲するキャラ、そのどちらも否定せずに、お互いの良いところを伸ばし分からないところを教えあっているところ。フィーリングで作る人にはそれに役立つ理論を簡単に教えて、理論で作る人にはイメージの膨らませ方を教え、とにかく作曲は楽しいから自由にやろう!っていうところ。更に詞から先に作る方法とかも紹介していて、とにかく作曲は楽しいよ!嵌ると深い沼だぜ!って。

そんな作曲を通じて青春を謳歌しているキャラクター達の楽しそうな姿が、読者として一番のモチベーションになっています。お互いの曲を聞き合い、曲を通じて気持ちを伝え合える関係って本当に素晴らしい。けいおん!に影響されてバンド始めた人、弱虫ペダルでロードを始めた人、色々居ると思いますが、きっかけは何だって良いんですよね。夢中になれるものに出会い、一緒に楽しめるのなら、そんなの大好きになるに決まっています。

と言う訳で、「創作におけるレベルアップはとにかく作品を完成させる事、それがどんなに小さい作品であっても。逆に壮大な構想だけではいつまでだってもレベルアップしない」という風な言葉に感化されて、ジングルを作ってみることにします。


※追記 クリスマスジングルらしきもの




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